華子の知らない世界  

歴史も都市伝説も大好きな華子のブログです。

王妃アントワネットが悩んだしきたりと食生活の違い

結婚後のしきたり

マリーアントワネットドレス姿と二人の子供達

フランス語に苦労

アントワネットは、フランス語をしっかりと習得するまでに時間が掛かったと言われています。

母国オーストリアにいる時には数ヶ国語を学んでいましたが

彼女はお勉強よりも歌やダンスを習う方が好きだったのです。

 結婚前に集中してフランス語を学んだとしても、追いつきませんでした。

アントワネットのフランス語がおぼつかなかった、との逸話は少なくありません。

苦労を重ねながらも

マリーアントワネットは、夫のルイ16世との間に4人の子供達に恵まれます。

 

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1778年

マリー・テレーズ

1781年

ルイ・ジョセフ

1785年

ルイ・シャルル

1786年

ルイ・ソフィー

 

アントワネットは、とても良い母親だったとの評価もあります。

国民達の実情を知り、おもちゃをねだる自分の子供達を戒めたり

子供達の古着を提供する事もあったと言います。

毎日の決まり事 

ヴェルサイユ宮殿は、マナーやしきたりにとても厳しい世界でした。

当時の王族のしきたりのひとつとして、私生活の公開も義務付けられていました。

その殆どの儀式はルイ14世の時代に定められたと言います。

 

 朝は9~10時頃に起きます。

でも、目が覚めてもベッドから離れる事はありません。

女官がベッドの周囲のカーテンを開けるまでは。

 

その後、女官達の手を借りて身支度です。

アントワネットが身に着けるものは女官→侍女頭→夫人達の手を渡ります。

夫人達の人数が増えればもっと時間が掛かるのです。

 

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 朝食後ルイ15世の姉妹達に挨拶。

11時になったらメイクと昼用のドレスになります。

その後、お昼の挨拶。

昼食後、5時になったら歌や楽器の練習です。

練習が終わったら、やっとアントワネットの自由な時間となりました。

9時のお夕食までは自由に遊んだりお散歩したり。

11時には就寝。

 

 洗顔や身支度はもちろん、お食事も多くの人々に見られながらだったと言われています。

きちんと整った服装をしていれば、誰でも身分に関係なく宮殿に入る事が出来たので

いつも多くの人達が王族を見つめていたのです。

 

王族達のお食事の光景を見る事は、多くの人々の楽しみだったのでした。

好奇の目線に見つめられながらのお食事です。

マリー・アントワネットは、彼らの前では殆どお料理を口に運ぶ事はありませんでした。

 

アントワネットはこの様な習慣を嫌っていました。

オーストリアの宮殿ではのびのびと自由な毎日を謳歌していたのですから。

 アントワネットは、教えを与えてくれたり叱ってくれる人物よりも何でも話せて心を許せる友達が欲しかったのでした。

オーストリアの女帝でありのマリア・テレジアは、アントワネットへの手紙で本を読みなさいと忠告しています。

 

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マリー・アントワネットの肖像画の複製です。凛とした美しさがお部屋を飾ります!

食文化の違い

「パンが無ければケーキを食べればいいじゃない。」

彼女が言ったとされる有名な言葉です。

最近の研究ではアントワネットが言ったのではなく、他の貴族婦人が言ったとされる様です。

別の説では全くの創作だとも言われています。

いずれにしてもアントワネットは言っていない、が見解の様です。

(この場合のケーキは、現代のケーキではありません。ブリオッシュと言うパンをさします。卵とミルクを使ったお水を使用しないパンです。)

彼女が愛したお菓子

アントワネットと言いますと、カラフルなお菓子達に囲まれた風景を思い浮かべる方も多いかと思います。

マカロンを綺麗な指先でつまむイメージありませんか?

当時のフランスのマカロンは今とは随分違うみたいです。

ワクワクするお菓子と言うより素朴で家庭的なオヤツ。

お色もカラフルなパステルカラーではありません。

 

アントワネットが1番好きだったお菓子は、クグロフです。

クグロフとはとてもシンプルな焼いたお菓子で

大きなプディング型をしています。

オーストリアのお菓子クグロフ

ドイツの文化の影響を受けたフランスのアルザス地方に、パン菓子として定着したと言われています。

アントワネットはこの素朴な焼いたお菓子を好みました。

 

14歳でフランスに来るまで、故郷オーストリアの食文化で育って来た彼女。

ヴェルサイユでのお食事に注文を出しました。

「朝のお食事にはグーゲルフプフを持って来てね。」

グーゲルフプフとはクグロフの事です。

 

記事下におうちで簡単に作れるクグロフのレシピがあります。

是非、作ってみて下さいね。私にも出来ました!

タンプル塔に住まいを移してからのお食事にも、クグロフは欠かさず用意されたと言います。

 

アントワネットが生まれ育ったオーストリアのハプスブルク家とフランス王家のブルボン家では大きな食文化の違いがありました。

 

ハプスブルク家のメニューは

豊富な農産物やお肉類をタップリ使ったお料理が多いのです。

農村の人々が食べていたシンプルなお料理が、一般人には手に入りにくい調味料や高級

な食材で工夫されお献立になる事もあったと言います。

 

料理人達が腕を競い合って出来上がったフランス式のお料理が出されるヴェルサイユ。

見た目もお味も、とても凝ったものでした。

ですが、アントワネットには馴染みにくいものだったのです。

基本のお献立

エピソードのひとつとして、彼女がキャベツをスープで煮込んだだけのシンプルなお料理を欲したとあります。

 

一方、彼女がオーストリアから持ち込んだと言われる習慣もあります。

珈琲とクロワッサンです。

それまでのフランスのヴェルサイユでは、珈琲にクロワッサンの食習慣はありませんでした。

 

マリー・アントワネットの基本のお献立が残っています。

(朝)プレーンヨーグルト。

ナッツ類の入った薄いケーキ

ベリー数種

(昼)ミックスベジタブル

キヌア

お魚や鶏の入ったスープ

(おやつ)ナッツ類

(夜)スープ。サラダ少々。

 

ここに出て来るスープは、牛や鶏・羊などをじっくりと数時間かけて煮込んだものです。

それをお野菜や数々の調味料でお味を調えたものでした。

クグロフのレシピ

 

★アントワネットが大好きだったお菓子クグロフのレシピです。

(材料)ケーキ用粉150g、卵大き目1個、サラダオイル80cc、蜂蜜大さじ1、バビラエッセンス少々、オレンジピール50g、ミルク50cc。

①ボウルに卵・ケーキ用粉・ミルク・サラダオイル・蜂蜜を入れ混ぜる。

②ケーキ用粉を2回に分けオレンジピールとバニラエッセンスも入れる。

③オーブンで15分焼き(180℃)更に15分(160℃)。

 

これだけでアントワネットが大好きだったクグロフが完成です。

このレシピの魅力はお家にありそうな材料で出来る事。

オーストリアのお味を作ってみませんか。

 

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子供達と共に。アントワネットの肖像画の複製です。母となった彼女の美しさをご堪能下さいませ!