7万人が目撃!!ファティマ第3の予言は宇宙人が関係するのか?

聖母マリアの出現

 ポルトガルの小さな村ファティマで起きたその出来事は

1916年から始まりました。

この村に住むルシア・フランシスコ・ジャシンタの3人の子供達は

15歳くらいの若者の天使と出会います。

その後も天使は彼らの前にやって来て

1917年5月13日、ついに聖母マリアが現れました。

予言とお告げ

聖母マリアは3人に予言やお告げをします。

①第1次世界大戦の終結

②大きな不幸の前、神の警告があるだろう

③秘密とされている

ルシアは修道女となり、第3の予言をローマ教皇に伝えました。

2005年2月13日の97歳で天に召されています。

第3の予言が何故秘密なのか?

1960年に衝撃的な内容を知った当時のローマ教皇は、その場で卒倒したと言います。

そしてその内容を公にする事を厳しく禁止しました。

2000年になって、バチカン法王庁はファティマ第3の予言を公開しました。

ところがその内容は、教皇が卒倒したと思えるほどのものではなかったのです。

この事から、納得する者は少なく隠ぺいが行われたとの憶測が飛び交いました。

宇宙人が人間を作ったのか

真実の内容は何だったのか?

あくまで説、です。

★人間の起源は、神がお作りになったのではなく宇宙からやってきた何者かに作られた説。

★第3次世界大戦

この2つが有力と言われています。

実は、姿を現した聖母マリアが宇宙人だったのではないか?とも言われています。

その理由は

★私達が何処から来て何者であるか、1960年にならないと理解出来ないでしょう、と言っていること。

★キリスト教の絵画には宇宙船UFOとしか思えない物が描かれていること。

★聖母マリアが宇宙人ならば、その子であるキリストも宇宙人ということ。

7万人が見た聖母マリアの奇跡

聖母マリアは合計7回出現したと言われています。

最後に現れた10月13日は、小雨が降る日でした。

集まった人々は、7万人。

その7万人の前で不思議な光景が繰り広げられます。

太陽が異常な回転を見せ、矢の様な光を放射し 

乱舞するかのように太陽は地表に急降下したり上昇したりしたと言います。

それは10分もの間!

この出来事で興味深いのは、聖母マリア出現に対し懐疑的な人々も目撃している事です。

そして日本国内の新聞でも、記事となって報道されました。

教皇が卒倒した内容、私は人類は宇宙人が作った説だと勝手に信じています。

世界を虜にした3つの秘密

ファティマの3つの秘密は、今日に至るまで、カトリック信者と非信者を問わず話題になっています。第四の秘密があるのではないか、第三の秘密は一部しか明らかにされておらず、完全には公開されていないのではないか、という憶測や陰謀論もありますが、その前に、花子のブログへようこそ。

しかし、その前に、夜も眠れないほどの謎と怪奇譚に満ちた花子さんのブログへようこそ。さて、ファティマの秘密に話を戻そう。

一言で言えば、これらの秘密とは、聖母マリアがファティマの3人の羊飼いの子供たちに与えた終末的なビジョンのことです。この小さな街はポルトガル中部に位置しています。

ファティマの3つの秘密

1917年5月13日、ルシア・ドス・サントスといとこのジャシンタとフランシスコ・マルトの3人の子供たちに聖母マリアの幻影が現れたのです。彼らはその年に6回、聖母マリアの出現に遭遇しました。その間、彼女は子供たちに未来に関する秘密を明かしていた。

子供たちの一人であるルシアは修道女となり、1941年にその予言のうちの2つを回顧録に書き留めた。彼女は3番目と最後の秘密を、20年以上後の1960年に開封されることになっていた手紙に同封しました。

聖母マリアは、1917年10月13日に奇跡が起こることを一度の出現で明らかにしました。その日、様々な国から多くの人々がファティマに集まり、後に「太陽の奇跡」と呼ばれる光景を目撃しました。それ以来、ファティマには多くの礼拝堂や神社が建てられ、世界中の敬虔なカトリック信者の聖地となっています。

最初の秘密

子供たちに与えられた最初の秘密は、地獄の幻で、火の湖の中で苦しめられた魂を見たことでした。それを見た子供たちは、罪人の改心のために熱心に祈るように促されました。

第二の秘密

二つ目は、第一次世界大戦が終わるという予言でしたが、聖母マリアは、世界中の人々が悔い改めて改心しなければ、また大きな戦争が起こると警告していましたが、特にロシアはそうではありませんでした。この共産主義国は改心されず、1939年に第二次世界大戦が始まりました。

第三の秘密

ルシアは最後の秘密を明かすことを躊躇したが、ある条件の下で、後になってから公開することにした。彼女がそれを書き留めた手紙は、教皇ヨハネ・パウロ2世の命令で2000年まで公開されませんでした。

その秘密の中には、白い服を着た司教が丘の上で十字架の前にひざまずいている間に殺されるというキリスト教徒への迫害について書かれていました。多くの人は、この予言が成就したのは、1981年5月13日に教皇ヨハネ・パウロが暗殺されたときではないかと推測しています。しかし、その後、教皇は生き残り、自分が聖母マリアに守られていると信じていました。

あなたは、すべての秘密が明らかにされたと信じていますか、それともバチカンによって完全に開示されていないと思いますか?私たちとあなたの考えを共有してください。こちらの花子さんのブログのお問い合わせページへ。